神奈川県郊外に、「Palette!(パレッテ)」なる謎のディスカウントスーパー(以下、DS)が出現しているのをご存じだろうか。
1号店のある大和市の周辺は、外国人居住者の多いことで有名な公営団地もある地域だ。周辺には有力DS、オーケーやロピアの店舗も複数出店していて、DSの実験場としてはちょうどいい場所なのであろう。なお、パレッテは2号店を横浜市鶴見区、3号店は1号店と同じ大和市内に出店している。
この突如として現れた謎の店舗パレッテを運営するのは、実はイオングループだ。ただ、パレッテの公式Webサイトにある会社概要欄には「株式会社パレッテ」という資本金1億円の社名が記されているのみで、住所もなく株主も非表示。イオングループの一員であるとは全く分からないようになっている。
一部報道によれば、イオングループが手掛けるDS事業において、東日本の核でもあるビッグ・エーの三浦社長もパレッテの役員に加わっているらしく、ビッグ・エーの新業態実験では、という臆測もされているようだ。
日経MJは7月16日、「イオン、DSを作り直す」と題する記事を掲載したが、これまでのイオンのDSは成功していたとは言い難い。
DSといえば、誰もが知るドン・キホーテ(単体売上7040億円、2020年6月期)、オーケー(5076億円、21年3月期)、知る人ぞ知るトライアルカンパニー(4251億円、21年3月期)、DSとは名乗ってこそいないが、食品も取り扱うコスモス薬品(7264億円、21年5月期)などが成長を続けている。そんな中、イオングループのビッグ・エーはグループ内のアコレと合併後でも売上1100億円規模で、昨年までは赤字だった。
こうした苦しい状況の中、イオングループがDS事業として投じたパレッテは、何を狙ったものなのであろうか。実際に行って確かめてみた。
関連記事
この店、行ってみても青い看板に「Palette!」と表示があるだけで、見た目からはイオングループの雰囲気は全くないし、中に入っても、イオンのプライベートブランドである「トップバリュ」は置いておらず、来店客はここがイオングループだと意識しないだろう。
品ぞろえは絞り込まれている印象を受ける。加工食品は、一つのジャンルに対してわずか数種類しか置いていない。また、生鮮食品は必要最低限のものがあるだけで、魚などは冷凍品や塩干ものがほとんど。生ものは廃棄ロスが出るため、コストカットの観点からほとんど置いていないようだ。
こうした品ぞろえを見ていると、パレッテは、欧米において破竹の勢いで伸びているハードディスカウンター(従来のDSをしのぐ、「超格安小売」くらいの意味合い)の主力業態である「ボックスストア」の日本版アレンジ業態なのだと見て取れる。ボックスストアとは、商品を段ボールのままで置くことからついた呼び名とされ、陳列の手間を低減してコストカットを実現しているのだ。
商品数を絞り込んでいるのは、1品当たりの売り上げを高め、さらに多店舗販売することで、メーカーから安く調達できる関係を構築するために有効な手段だ。つまり、パレッテは徹底してコストカットを意識した店舗づくりをしているといえる。
こうした仕組みだけでなく、スマホ決済システム「Scan&Go」も導入しており、レジに配置する人数は極めて少人数に抑えられている。アプリを使って推奨商品を買うと値引きするというキャンペーンを実施し、アプリ利用の促進も図っているようだ。かつてダイエーがハードディスカウンターの模倣業態として生み出したのがビッグ・エーだったが、パレッテはこの流れを今風にデジタルと絡めたアレンジを行い、再構築することを目指した店だと感じられる。
確かに、他チェーンと比較するとかなり安く、特に加工食品ともなれば明確に差が出る。ただ、現時点で日本の消費者に歓迎されるかといえば、必ずしもそうでもないように筆者は感じた。実際、パレッテを視察した後に他チェーンの店舗へ行くと、競合店の方が客数も、買い上げ点数も多いように見受けられたのだ。
関連記事
なぜかといえば、パレッテではアイテム数の絞り込みが徹底しているため、選択肢が少なすぎる。消費者それぞれが持つ、「自分の定番品」がそろわないため、買い物で感じるストレスが高くなるのだ。
食品DSの雄、オーケーであれば、かなり幅広い品ぞろえの中から選べる上に、ナショナルブランド商品もパレッテと大差ない安さを体感できる。特に中高年の消費者は、「たくさんある中から選びたい」という感覚の人が多いため、パレッテがマーケットの主役になることはないだろう、というわけだ。
ヤオコーが仕掛けるDSは好調スタート
こうした感覚を裏付ける出来事があった。8月上旬に埼玉県飯能市にオープンしたヤオコーのDS新業態「フーコット」の出現だ。
ヤオコーは、いわずとしれた高品質食品スーパーの最有力企業で、32期増収増益という成長企業でもある。そのヤオコーがM&Aしたグループ内のDSである「エイヴイ」の遺伝子を導入して、ディスカウント業態に参入したのである。
これは、既存の首都圏郊外において、ざっくりいえばアッパーミドル以上の顧客層に強みを持っているヤオコーが、これまで来てもらえなかった価格重視の顧客層まで取り込もうというチャレンジである。フーコットは、生鮮から加工食品、酒類に至るまで幅広い品ぞろえである上、明らかに安さを実感できる価格設定が人気を集めている。その集客力はすさまじく、平日にもかかわらず周辺道路は駐車場待ちの車列で大渋滞、オープン直後だからということはあろうが、パレッテと比較して、かなり好調なスタートを切っていることは間違いなさそうだ。
ヤオコーは埼玉県小川町という郊外部から発祥して、同県を中心に首都圏郊外部のクルマ生活圏に、売場面積600〜700坪くらいと、食品スーパーとしては大型の店(ショッピングモール形式の複合施設も多い)を展開して成長。今ではイオン系、セブンアンドアイ系、商社系ではない独立系スーパーでは最大手クラスの企業となった。
関連記事
先述した通り着実に増収増益を継続しているヤオコーだが、その展開エリアは関東圏から出ることがなく、特に埼玉県の中心である国道16号線沿線から外側に出店を進めている。今後の人口動向を考えれば、16号線内側の人口密集地にも進出したいというのは、やまやまなのであろうが、これがそう簡単には進んでいないようだ。
18年3月期以降のヤオコーの新店出店実績(22年3月期は予定)を見ると分かるが、近年の出店は本拠地である埼玉県が圧倒的に多く、東京23区には1店舗も出せていない。18年3月期には、ようやく23区寄りの調布市に「八百幸成城店」という、彼らからすれば小型店舗を出したが、いまだこうした都市型タイプの2号店とは生まれていない。超優良企業のヤオコーといえども、郊外ロードサイド型を都心レールサイド型にアレンジするのは、簡単ではないということなのだろう。
こうしたことを踏まえると、ヤオコーにとってフーコットというDS新業態のミッションが分かってくる。
ヤオコーの売り場作りは、消費者調査などでも高い評価を得ていることが有名だが、その支持層は中高年層に厚く、若年層には若干弱いといわれている。高品質な商品を適正価格で提供するという姿勢が買われている反面、価格重視の傾向がある若年層にとっては、価格面で不満があるのだろう。
現在は人口構成上、中高年層の支持を得ていることは大きな強みである。ただし、今後世代交代が進んでいけば、その強みが薄れていく懸念があることを、ヤオコーは十分理解し、その布石を打とうとしているようだ。価格を重視する若年層を取り込むためのDS業態を投入し、既存の首都圏郊外エリアの客層を拡大することで成長を維持し、その間にじっくりと都心部攻略のための店舗フォーマットを完成させよう、という作戦なのであろう。
17年に子会社化したエイヴイは、三浦半島方面で評判の人気スーパーであり、無借金の優良企業だったところを、ヤオコーが三顧の礼をもって迎え入れたといわれている。一見全く困っていないように見える地場有力企業とヤオコーとの統合は当時、周囲から大きなサプライズとされていたが、こうした連携構想を示したからこそ成立したのだとあらためて感じる。
関連記事
ヤオコーによるフーコットを首都圏郊外マーケットの細分化による開拓と位置付けるなら、イオングループのパレッテも、首都圏16号線内側エリアの価格志向の新たな顧客開拓と考えられる。首都圏内側のマーケットには、オーケーやロピアといった大型店タイプの強力なDSが既に存在していて、一見レッドオーシャンのように感じられるが、必ずしもそうではない、とイオンは分析しているであろう。
首都圏中心部においては、クルマで買い物をする人の比率は圧倒的に低く、若年層、単身世帯層はクルマ離れ、そして急増する高齢者層はこれから免許を返上することになる。大都市の「買い物機動力」はこれからどんどん低下するため、遠くにある大型店に行くよりも、近くで必要最低限のものを安く買えることを望む人が急速に増えるのである。そうしたすきまのマーケットを狙って、イオンは新業態を投入して布石を打ち始めたのであろう。
パレッテの売り場の広さは300〜400坪くらいで、首都圏郊外で見ても、そう大きなサイズではない。周辺には少しづつライフ、サミットなどの大型食品スーパーや、オーケー、ロピアといった大型DSが増えつつあり、このサイズの既存スーパーやドラッグストアが閉店するケースも散見される。
パレッテはこうした既存店舗の居抜きを想定しているようであり、大型店進出のすきまを埋めることで、新たなマーケットを開拓する可能性はありそうだ。今はあまりお客の少ない店という風に見えるが、もともとマーケットのすきまを埋めるために、採算が合うオペレーションコストを設計しようとしているのかもしれない。
イオングループは、首都圏でコンビニサイズの地味なミニスーパー「まいばすけっと」を一から作り上げ、10数年が過ぎた今、その店舗数は900店以上、売り上げは約2000億円のチェーンに育てた実績がある。地方から全国展開したイオンは、いまだに首都圏に関しては存在感が大きいとはいえないが、それだけにこの市場に対する執念は大きいと思われる。一見、あまり客の入っていない店だと安心していると、10年後にはパレッテに周囲を囲まれているかもしれない。
新刊のお知らせ
当連載著者である中井彰人氏の新刊『図解即戦力 小売業界のしくみとビジネスがこれ1冊でしっかりわかる教科書』(技術評論社)が8月25日に発売されました。詳しくはAmazonや書店などへお問い合わせください。
著者プロフィール

中井彰人(なかい あきひと)
メガバンク調査部門の流通アナリストとして12年、現在は中小企業診断士として独立。地域流通「愛」を貫き、全国各地への出張の日々を経て、モータリゼーションと業態盛衰の関連性に注目した独自の流通理論に到達。
関連記事
からの記事と詳細 ( イオンとヤオコー、スーパー業界の優等生がそれぞれ仕掛ける新業態の明暗 - ITmedia )
https://ift.tt/3mz0I9A




No comments:
Post a Comment