人は簡単に変わることはできない。
でも変われる。
そう感じさせたのは、卓球の早田ひなだった。
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1月13日から19日にかけて行なわれた全日本選手権で、伊藤美誠と組んだ女子ダブルスで3連覇を達成、そして女子シングルスでは念願の初優勝を遂げた。
シングルスの戦いぶりを振り返ると、準決勝で伊藤を、決勝では石川佳純と対戦して勝利。東京五輪代表の2人を連破しての優勝であった。
決勝では、これまでとの違いが見られた。持ち味の1つは、両ハンドの強打だが、それゆえに、ミスが出ることもあった。諸刃の剣だった。
だが、力を抑えてコースを狙って打つ加減の仕方が、試合にはあった。
「70パーセントの力でコースを突く」
そう心がけたという。
こうしたプレー面での工夫があってつかんだ、初戴冠だった。
「平野選手、伊藤選手に続きたい」
早田は伊藤と平野美宇と同じ、2000年生まれだが、早田だけ全日本のシングルスでの優勝を果たしていなかった。
「平野選手、伊藤選手に続きたいという思いはありました」
今回、全日本優勝という実績では伊藤、平野に肩を並べることになった。
そんな思いはあったにせよ、気持ちの面では難しい大会と見ることもできる大会だった。
早田が目指していた東京五輪代表には、世界ランキングで日本勢上位2名となった伊藤、石川。そして大会を前にした1月6日には、団体戦メンバーとして平野が選出された。
モチベーションをどう保つか。
世界ランキングでは日本勢の中で6番目と後れをとっていたが、昨年の世界選手権で伊藤と組んで準優勝したのをはじめ、ダブルスで実績を残してきたこともあり、ランキングで自動的に決まるわけではない団体戦メンバーの候補として、早田の名前も挙げられていた。
だが、選ばれることはなかった。
長期間にわたり、ランキングの順位を上げて代表入りを果たすために休むことなく世界中の大会に出場し、競争を続けてきた。
どの選手であれ、その間は心身ともに消耗を強いられている。むろん、早田もその1人だ。最後に待っていた落選という結果がもたらすダメージは、普通であれば決して小さなものではない。
それから1週間で迎えた大会だから、失意の中にあっても不思議ではないだろう。モチベーションをどう保つか、上げていくか、容易ではない。
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2020-01-26 11:01:11Z
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