2021年、流通・小売り業界における最大のニュースは「関西スーパー争奪戦」でした。総合流通業のH2Oリテイリング(以下、H2O)と食品スーパー「オーケー」との間で繰り広げられた激戦。最終的にはH2Oに軍配があがりました。
当事者の意思決定ですので最終的な結論に物申すつもりは毛頭ありませんが、客観的に見て「オーケーと一緒にならなくてよかったのか?」という疑問がふつふつと湧いてきました。普段、オーケーで買い物することが多い筆者は、その「売り場力」やビジネスモデルなどに他にはない圧倒的な強さを感じているからです。しかも業績も非常にいい優良小売業です。
日本でEDLP(エブリデー・ロープライス)を定着させた第一人者であるオーケーの魅力を、小売り・サービス業のコンサルティングを30年間続けてきたムガマエ株式会社代表の岩崎剛幸が分析していきます。
34期連続増収企業
今から15年ほど前、オーケーというスーパーが自宅の近所に出店すると聞いた時、私はピンときていませんでした。当時はまだ店舗数も少なく、「オーケー=EDLP(Every Day Low Price)」ぐらいしか知識がありませんでした。オープン直後に店に行くと、駐車場に入る車で長蛇の列。店内も大混雑していました。お客さんが大量の買い物をしている姿を見て、初めてオーケーの魅力を実感したのでした。私が住んでいるエリアは、大手スーパーや高級スーパーなども出店している都心立地の激戦地です。しかし、オーケーが出店すると競合店から顧客を吸引し、オーケーだけが繁盛していきました。今では同地区の一番店です。
オーケーとは、一体どの程度の規模の会社で、どのような特徴があるのでしょうか。
オーケーは21年度まで34期連続増収を続けています。コロナ禍で食品スーパー各社が売り上げを伸ばしましたが、同社はひと際大きく伸ばし、売り上げ5000億円を突破しました。他の優良スーパーと比較すると、売り上げの伸び率は18年度比で142%と特に目立っています。巣ごもり消費によって食品の売り上げが嵩上げされたこと以上の「何か」がオーケーにはありそうです。
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オーケーの最大の強みはEDLP
オーケーの経営方針は「高品質・Everyday Low Price」です。
これは企業理念といってもいいほど同社の核となっているものです。
高品質であり、かつEveryday Low Price(エブリデー・ロープライス)を徹底しようとしており、質と価格を保証する同社の志を表した表現です。
EDLPとは、その日限りの目玉商品や特売価格を設定する代わりに、ほとんどの商品を毎日同じ低価格で販売するやり方のことです。米国の小売業最大手・ウォルマートの経営理念から生まれたもので、1980年代から使われてきた用語です。
同社のEDLP導入も早く、86年にはEDLPを経営方針に加えています。そして2001年に経営方針を徹底するために特売チラシを廃止しました。オーケーは店内でチラシを配布することはあっても、他スーパーのように折込チラシを配布することは一切ありません。結果的に販促費がかからず、経費を抑えられます。なんと、同社の21年度販促費率は0.03%(20年度は0.07%)です。販促費がほとんどかかっていないのです。無駄な経費を徹底的に削り、その分を顧客に低価格・高品質という形で還元する。これがオーケーの最大の強みであるEDLPです。
また、同社には「借入無しで年率20%成長の達成」という経営目標もあります。設定している目標が高いのですが、それに近い経営成績を毎年あげてきているところにオーケーのすごみがあります。創業者・飯田勧会長の慧眼(けいがん)とは、EDLPこそが小売業の生きる道と決意して、それを徹底することにあったといえます。
さて、ここで同社の経営数値を、話題となった“関スパ争奪関係企業”と比較してみます。
売り上げは、H2Oが7391億円とオーケーよりも大きくなっています。阪急・阪神百貨店なども傘下に持つ総合流通業ですから当然といえば当然です。
売上総利益率も、H2Oは28.7%で、関スパの24.4%とオーケーの22.0%を上回ります。
驚くのはここからです。販管費率は、オーケーが16.0%。一方、H2Oは29.3%、関スパは23.8%と大きく差がついています。オーケーはローコスト経営の会社といえます。
結果的として、本業のもうけを示す営業利益率は、オーケーが6.0%あるのに対して、H2Oはコロナの影響もあってマイナス0.6%。営業損失の状態です。関スパは2.1%の利益を出しています。しかし、営業利益はオーケーが300億を超えている一方で、10分の1以下です。
収益性ではオーケーがダントツに優れており、総合流通業であるH2Oをはるかに上回る高収益企業だといえるのです。
オーケーの経営面における最大の特徴は、この経費率の低さにあります。実は、業界の大手企業と比較しても同社の経費率はダントツの低さであることが分かります。
コストコは世界の流通小売り業の中でもダントツの販管費率の低さで有名です。ただ、オーケーの販管費率16.0%という数字は、食品スーパー業界の中では圧倒的な低さです。販管費が低いと利益も低くなるのが通常で、コストコも営業利益率は2.4%ですが、オーケーは6.0%です。イオン、セブン&アイ、関スパなどと比較しても大きな差があることが分かります。
一方、オーケーの店舗は好立地を確保しており、家賃の高いところにも出店していますし、建物にもある程度の投資をしています。決して安普請ではありません。「必死で経費を削っている感覚は現場にはない」(飯田会長)といいます。
オーケーは明らかに無駄な経費を抑えつつ、高い利益を上げ続ける会社です。そして、既存店の売り上げを確実に伸ばし、基本的に借金をせずに新規出店していける体力をつけています。結果的にキャッシュで1000億円以上(!!)を持つ企業になっています。
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高効率経営のカギは?
同社の高効率経営のカギはどこにあるのか。それは、次の生産性指標で見るとよく分かります。
オーケーの最大の強みは何といっても売り場力にあります。1店舗当たりの売上高が高いのが特徴です。数字と売り場実態の両面から探っていきます。
(1):背の高い什器(じゅうき)で生産性を高める
オーケーでは1店舗当たりの売り上げは年々上昇しており、21年度は40億円となっています。以前紹介した、埼玉の高収益スーパー「ヤオコー」の場合、1店舗当たりの売り上げが25億円ですから、ヤオコーの1.6倍です。立地や売り場面積も異なりますので単純比較はできませんが、オーケーの店舗効率は高いといえます。
小売業の代表的な効率指標である、年間1坪当たり売上高(年坪≒坪効率)に換算すると800万円を超えています。日本の一般的な食品スーパーの坪効率が294万円ですから、2倍以上の効率です。高効率の代表格、コストコでさえ坪効率は740万7000円(20年時点)なので、オーケーの高効率ぶりが目立ちます。
同社の売り場づくりには一つの特徴があります。什器の背丈が「高い」のです。新しい店舗では写真にあるような什器になっており、隣の売り場がまったく見えない高さです。什器最上段には在庫が陳列されています。飲料は冷やさずに売り、ギリギリの高さまで商品を積み込むことでバックヤード在庫を減らし、商品の回転率を上げる努力をしています。在庫だけを多く陳列しても客数が少なければ回転率が落ち商品鮮度が悪くなります。客数が読めるオーケーだからこそできる技といえるかもしれません。
(2):やりがいのある職場づくりで生産性を高める
オーケーの店内では、同社のスタッフが品出しをしている場面によく出くわします。特にエンド商品はよく売れるので陳列棚が空いてしまうことがあります。そこに商品を追加投入して、営業時間内ギリギリまで棚が空っぽにならないように売り場を作ります。部門ごとの数値責任を明確にしていているからできることです。同社では、労働分配率40%以上を確保しています。若いうちの給料は低いようですが、部門責任者(チーフ)以上になって売り上げ予算を達成すると、通常の賞与に加え四半期ごとに特別賞与もでます。特別賞与の上限は年収の60%。年収1000万円の人なら、最大で1600万円まで稼ぐことができるという仕組みです。頑張れば頑張るだけ報われる仕組みによって、従業員がよく働く会社になっているのです。
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(3):低価格と高品質をいつでも保証する
オーケーはEDLPを徹底しています。他店で特売がある時は、その特売価格に合わせてオーケーの価格も変更。他店よりも安く設定します。
単に特定商品の集中仕入でコストを抑えるということではなく、店頭の「ご意見カード」を活用して顧客が要望する商品を仕入れるようにもしています。
また、「オネスト(正直)カード」も有名です。長雨が続くと野菜の品質は落ちますが、品薄になるため店頭価格が上がることはよくあります。その場合には、程度の悪い商品を高く値付けして売ることになります。これは、売り手目線の商売であり顧客に対して正直ではありません。このような時にオーケーでは「オネストカード」というPOPを売り場につけて、「長雨のため野菜の質が悪く高値となっています。天候の回復を待ってお買い上げください」と顧客に伝えます。こういったPOPは、青果売り場でよく見かけます。「高くても構わない」という人は購入しますし、オネストカード通りに買わない人もいます。顧客に事情を正直に伝えて、選んでもらうようにしているのです。
こうした発想は全て、飯田会長の「嫌だなと思うことはしないこと」という根本的な考え方からきています。顧客に説明できないことはできるだけやめる。こうしたシンプルな顧客中心の発想がオーケーの根幹にあります。これが熱烈なファンを生んでいる理由です。
(4):ファンを増やし続けるオーケーの会員組織
同社には「オーケークラブ」という会員組織があります。この会員組織に加入すると、現金払いの場合に食料品(酒類を除く)が3%相当額割引になります。入会時にかかるのはカード発行費用200円のみ。細かい個人情報を登録する必要はなく、居住地の郵便番号だけで入会できます。気軽に入れる会員組織ということもあり、すでに会員は593万人(21年3月時点)です。もともと安い上に、会員になるとさらに割引という特典はかなり強烈で、現金客が多いのも同社の特徴です。結果的にキャッシュレス決済比率をある程度抑えることができており、同社がカード会社へ支払うクレカ手数料も抑えることができます。
オーケーの創業者・飯田勧会長の長兄は、父親の事業である岡永の後継者として活躍、次兄・飯田保氏は居酒屋「天狗」などを運営するテンアライドの創業者。五弟・飯田亮氏はセコム創業者というそうそうたる実業家一族です。父親が経営する酒問屋・岡永商店の小売部門として58年に東京の板橋にオープンさせたのがオーケーの始まり。オーケーという名前を命名したのは両親で、「発音が簡単で世界中どこでも同じという理由からつけた」という話を以前聞いたことがあります。
何事もシンプルに、顧客にとって正直に商売をする会社はいつの時代もファンが増え、業績は後からついてくるのです。
かつての関スパはスーパー業界のお手本でした。冷蔵ケースの導入や、鮮魚や精肉のパック販売によるセルフ販売方式の開発など、日本のスーパーの礎を作ってきた会社です。今後はオーケーのようなローコスト経営をモデルに、高収益型の経営を取り入れるべきではないでしょうか。
オーケーはこれから関西地区にも出店を開始する予定です。関西地区の顧客争奪戦が始まります。関スパ争奪戦は序章に過ぎません。ここからが本当の勝負なのです。
著者プロフィール
岩崎 剛幸(いわさき たけゆき)
ムガマエ株式会社 代表取締役社長/経営コンサルタント
1969年、静岡市生まれ。船井総合研究所にて28年間、上席コンサルタントとして従事したのち、同社創業。流通小売・サービス業界のコンサルティングのスペシャリスト。「面白い会社をつくる」をコンセプトに各業界でNo.1の成長率を誇る新業態店や専門店を数多く輩出させている。街歩きと店舗視察による消費トレンド分析と予測に定評があり、最近ではテレビ、ラジオ、新聞、雑誌でのコメンテーターとしての出演も数多い。
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