日本の選挙結果がカネで私的に取引され得る状態にある。国政選挙のことではない。株主総会のことだ。
2021年6月、食品スーパーのオーケー(横浜市)は、関西スーパーマーケット(現関西フードマーケット)に対しTOB(株式公開買い付け)による買収を提案した。これを受けて関西スーパーは特別委員会を設置するも、まもなくエイチ・ツー・オー リテイリング(H2O)との経営統合の検討に着手。同8月にはH2Oと経営統合契約を締結した。
オーケー案は、関西スーパーの株価を前日終値の2.25倍で評価した。それに対し、H2Oとの統合案は、非上場子会社2社と関西スーパーの株式交換を想定しており、同社の価値がいくらと評価されてH2O傘下入りするのかがオーケー案に比べて不透明だった。この経営統合案は21年10月、関西スーパーの臨時株主総会において僅差で承認された。
関西スーパーマーケットはエイチ・ツー・オー リテイリングの傘下に入った(写真:共同通信)
ところが、その決議の有効性に疑義が生じる。結果を左右した1人の株主が投じた票が、出席した総会では「棄権」を意味する白票だったのだ。また、関西スーパー側が、取引関係のある株主らに対し、取引上の利益を盾に議決権行使への圧力をかけたという証言も出た。
別の事案として、中古スマートフォンの販売などを手掛ける日本テレホンのケースもある。同社の筆頭株主はソフト開発のサイブリッジグループで、昨年来、市場での買い付けを通じて37%まで買い増していた。事の経緯からして、サイブリッジと日本テレホン経営陣は「仲良し」とは言えない関係だったと推察される。
そんな中、日本テレホンは22年2月、クラウドサービスのショーケースを割当先とした第三者割当増資を実行する。結果、これまで持ち分が0%だったショーケースが突如40%を保有する筆頭株主となり、契約上、取締役会の過半数のメンバーの候補者指名ができる親会社になった。
関西スーパーや日本テレホンの株主を、経営陣と必ず足並みを合わせる「組織票」と、それ以外の「浮動票」で分けたとする。その場合、両者ともH2Oとの統合やショーケースによる増資成立前は、浮動票の総和が発行済み株式総数の半数を超える「支配株数」に達していた。
しかし経営統合や増資の完了によって、現在は両者とも組織票が実質支配株数を握る。浮動票株主がいくら団結しても、おそらくもう二度と、この両社の株主総会の結果に影響を及ぼすことはできない。
裁判所の判断の決め手は「人の心の中」
関西スーパー、日本テレホンのいずれの案件とも裁判沙汰に発展した。オーケーは、総会結果を左右した白票は棄権扱いが適当と主張。サイブリッジは増資が保身目的の不公正発行と主張した。しかし両事件とも、裁判所は関西スーパーや日本テレホンの経営陣の主張を認めた。
注目したいのはその理由だ。関西スーパーの事案では、白票を投じた株主の当時の「意思」は、その前後の経緯からみて賛成だったと推し量ることができ、総会ルールを度外視してでも賛成扱いが妥当というものだった。日本テレホン事件では、保身は新株大量発行の「目的の一つ」かもしれないが、「主要な目的」であるとは認められないと判示した。
つまるところ、いずれ事件でも、人の心の中を、裁判官という他人が想像した結果が判断の決め手となっている。お世辞にも科学的とは言えないこの想像プロセスをもって、経営支配権の譲渡が次々と是認されたのだ。
関西スーパーと日本テレホンの事例は、経営支配権の私物化行為が理論上可能であることを浮き彫りにした。株主総会の結果を左右できる株主や、総会結果を支配できる株数を任意発行できる取締役らが、会社の利益を二の次にして行動することができてしまうのだ。
もっと分かりにくい私物化行為も可能だ。例えば、経営陣が特定の大株主を取締役に招いて懐柔し、「組織票」にしていくケースだ。この場合、経営支配権を売り渡してはいないが、組織票固めのために会社への「影響力の一部」を売ったことになる。「株主ガバナンスの強化」などと言っておけば、大義名分だけは立派なものになる。
このように見えにくい形で会社が私物化されていくと、会社は弱体化し、競争に負け、価値が低下する。それが上場企業であれば、企業統治の不備でありESG(環境・社会・企業統治)を重視する機運に逆行する。「ガバナンス強化を通じて海外投資家を呼び込む」という東証再編の目的にもかなわない。そして、企業価値低下と投資家不在で株価が下がれば、機関投資家の資金運用にも影響し、年金問題のさらなる深刻化など個人の暮らしにも影響が波及しかねない。表面上は民間企業のお家騒動にすぎなくとも、国民全体に影響を与える可能性を会社の私物化問題ははらんでいる。
では会社はいったい誰のものなのか。
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