“表現に男も女もない”
なるべく外出を控え、人と接触せずに過ごすことが命を守ることにつながるとされる非常事態が続くなか、2020年が幕を閉じようとしています。これまで当然のものとしてきた生活様式の見直しを迫られて、自分について、また現代社会の成り立ちについて、改めて考える時間が増えた人も多いはず。いま、いつもの冬休みシーズンより静かで重たい空気が流れる東京の街では、そうした「社会と個人の来し方行く末」について思索を促し、心を揺さぶる情報が凝縮された展覧会が開催されています。1960年代から2012年に亡くなるまで、アートディレクターおよびデザイナーとして多岐にわたる分野で国際的な活躍をみせた石岡瑛子(1938-2012)の、ふたつの回顧展です。
石岡瑛子 ポスター『西洋は東洋を着こなせるか』(パルコ、1979年) アートディレクション
東京都現代美術館の「石岡瑛子 血が、汗が、涙がデザインできるか」は、没後8年を迎えた彼女の世界初の大規模回顧展。広告やグラフィックデザインから、映画、オペラ、サーカス、オリンピックのセレモニーまで、その幅広い仕事を総覧できます。ギンザ・グラフィック・ギャラリーの「SURVIVE – EIKO ISHIOKA /石岡瑛子 グラフィックデザインはサバイブできるか」は、彼女が1980年代初頭にニューヨークに活動拠点を移すまでの、主に日本での広告やグラフィックデザインの仕事に焦点を絞った内容です。
石岡瑛子 映画『ミシマ・ア・ライフ・イン・フォー・チャプターズ』(ポール・シュレイダー監督、1985年) プロダクションデザイン Mishima ©Zoetrope Corp. 2000. All Rights Reserved. / ©Sukita
石岡瑛子は1938年、東京生まれ。東京藝術大学美術学部を卒業後、資生堂に入社しました。彼女はそれまでの化粧品広告のスタンダードだったおしとやかな女性像とは異なる、主体的で力強い「新しい女」のイメージを打ち出して、次々にヒットを飛ばします。70年代から80年代にはフリーランスのデザイナーとして角川書店やPARCOの広告などを手掛け、斬新かつ洗練されたハイクオリティな仕事を見せました。渡米後はさらに活動の場を広げていき、映画、オペラ、演劇、サーカス、オリンピックのプロジェクトなどに挑戦。73歳でこの世を去るまで世界の超一流の才能たちとのコラボレーションを続けました。
石岡瑛子 アルバム・パッケージ『TUTU』(マイルス・デイヴィス作、1986年)アートディレクション ©The Irving Penn Foundation
たとえばマイルス・デイヴィス『TUTU』(1986年)のジャケット・デザインでグラミー賞、フランシス・フォード・コッポラ監督『ドラキュラ』(1992年)の衣装デザインでアカデミー賞を受賞。『落下の王国』をはじめとするターセム・シン監督の映画の衣装も代表作と言えるでしょう。音楽関係では監督を務めたビョーク「COCOON」のミュージック・ビデオ、グレース・ジョーンズのツアー衣装も強烈です。
石岡瑛子 映画『ドラキュラ』(フランシス・F・コッポラ監督、1992年)衣装デザイン ©David Seidner / International Center of Photography
その仕事の圧倒的な量と幅、今回の大回顧展を実現するにあたっての権利関係の手続きはさぞかし大変だったことでしょう。そうして集められた作品の数々は、時を超えてパワフルで見応えたっぷりです。当たり前だけれど、彼女の表現には「スケールが大事」なのだということを思い知らされました。たとえば、東京都現代美術館では、映画『ザ・セル』から、シュールな内面世界で玉座に座る男の背中に装着されたケープのようなものが大きく広がって壁を覆うようなかたちになっている場面が、展示室の壁全体に投影されるのを見ることができます。もともと映画館のスクリーンを想定して作られていて、家庭のテレビサイズだと面白さ半減になってしまう表現です。ポスターの数々も、実物を見上げる経験は、本に収められた写真やパソコンのモニター上の画像を眺めるのとは情報量が違います。大きな展示室に配置されたオランダ国立オペラ『ニーベルングの指環』の衣装も圧巻でした。
石岡瑛子 オペラ『ニーベルングの指環』(リヒャルト・ワーグナー作、ピエール・アウディ演出、オランダ 国立オペラ、1998-1999年)衣装デザイン ©ruthwalz
また今回の回顧展は、磨き上げられたヴィジュアルが完成するまでの制作過程を垣間見ることができる貴重な機会でもあります。たとえば映画やコンサート衣装のアイデアドローイング。パソコンを利用したDTP(デスクトップパブリッシング)が一般化する前の時代の、印刷への修正指示がビシバシ入った校正紙。いわば「イメージはいかに作られてきたのか」の種明かしです。
石岡瑛子 映画『落下の王国』(ターセム・シン監督、2006年)衣装デザイン ©2006 Googly Films, LLC. All Rights Reserved.
そんな高度成長期からバブル期を経て21世紀の頭までを駆け抜けた稀有な才能の軌跡は、過去数十年の日本社会について、たくさんの示唆を与えてくれます。60年代の彼女の出世作、小麦色の肌の若き前田美波里をフィーチャーした資生堂「BEAUTY CAKE」のポスターは、たいへんな人気を集め、貼っても貼っても盗まれたそうです。当時、選挙権を与えられてまだ20年そこそこしか経っていなかった女性たちがどれだけ窮屈な思いをしていたのか、そんな彼女たちにとって石岡が提示した広告のイメージがどれだけ鮮烈なものだったのか、まだ生まれていなかった自分は推測するしかありません。その代わり私たちはいま、昔の広告で女性の自由を謳い、かっこいいことを言っていた企業の数々も、それを支持していた人たちの多くも、実際のところそれほど進歩的ではなかったことを知っています。
石岡瑛子 『北京夏季オリンピック開会式』(チャン・イーモウ演出、2008年)衣装デザイン ©2008 / Comité International Olympique (CIO) / HUET, John
石岡瑛子は「表現に男も女もない」という考えの持ち主で、男の10倍頑張らないと認めないというのなら10倍やってやる、という姿勢で実際にやり遂げた人でした。その独立独歩、自らの才覚と努力で掴み取ったワールドワイドな成功は本当にお見事です。その飽くなき克己心には学ぶべきところがいっぱいあるけれど、これからはそんなやりかたとてもじゃないけどできない人たちで助け合って、なんとかしあわせに生きていく道を探っていかなくちゃね、とも思ってしまう。ひとつ確かなのは、どんな時代のどんな人間に生まれても、人生は地図のない冒険の旅だということ。過ぎ去った時代について知るほどに、感覚を研ぎ澄ませて自分が生きているこの瞬間を全身で味わっていきたいなという想いが胸に広がるのでした。
石岡瑛子 血が、汗が、涙がデザインできるか
会期:2020年11月14日〜2021年2月14日
会場:東京都現代美術館
住所:東京都江東区三好4-1-1
開館時間:10:00〜18:00 ※入館は閉館の30分前まで
休館日:月(11月23日、2021年1月11日は開館)、11月24日、12月28日〜2021年1月1日、1月12日
料金:一般 1800円 / 大学生・専門学校生・65歳以上 1300円 / 中高生 700円 / 小学生以下無料
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SURVIVE - EIKO ISHIOKA /石岡瑛子 グラフィックデザインはサバイブできるか
会期:2020年12月4日(金)~3月19日(金)
会場:ギンザ・グラフィック・ギャラリー(ggg)
住所:東京都中央区銀座7-7-2 DNP銀座ビル1F/B1
開館時間:11:00〜19:00(日曜・祝日休館)
料金:入場無料
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野中モモ(のなか もも)
PROFILE
ライター、翻訳者。東京生まれ。訳書『飢える私 ままならない心と体』『世界を変えた50人の女性科学者たち』『いかさまお菓子の本 淑女の悪趣味スイーツレシピ』『つながりっぱなしの日常を生きる ソーシャルメディアが若者にもたらしたもの』など。共編著『日本のZINEについて知ってることすべて』。単著『デヴィッド・ボウイ 変幻するカルト・スター』『野中モモの「ZINE」 小さなわたしのメディアを作る』。
からの記事と詳細 ( スーパーレディの烈しいやりかた──「石岡瑛子 血が、汗が、涙がデザインできるか」──「モダン・ウーマンをさがして」第38回 - GQ JAPAN )
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